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トンガの国をあげてのダイエット大作戦とは?

太平洋の島々に住むポリネシア人には、大柄な人が多いが、なかでもトンガ王国は、たいへんな太っちょ王国。国内を飛ぶ飛行機では、乗客の体重が左右の席で差がありすぎて機体が傾かないよう、座席を決める前に乗客の体重をはかるというほどである。一説によると、飢饉と直面する歴史の長かった民族は、いざというときのために栄養を貯えておけるよう、脂肪を蓄積しやすい体質になるとされ、ポリネシア人も、小さな島に住んで暴風雨に見舞われやすいため、太りやすいのだろうといわれている。もっとも、トンガの人々は、体質だけが原因とは思えない大食漢ぞろい。それでも、昔はヤムイモやキャッサバなどのイモ類、魚介類、ココヤシ、ココナッツなど、栄養的にはバランスがとれた食生活で、太っちょは太っちょでも、いわゆる堅肥りだった。トンガ人がラグビーで活躍しているのもうなずける体型だったのである。だが、現代では、肉類などの西洋型の食生活になって、脂肪や水分でブクブク太った人が増加。糖尿病や高血圧、心臓疾患などの成人病が蔓延して、ことに糖尿病は、罹看率が欧米諸国の五倍以上の十五パーセントにものぼった。これではいけないというので、トンガ政府は、一九九五年から、国を挙げてのダイエット大作戦をはじめた。ポスターでダイエットを呼びかけたり、ラジオ番組で、トンガ初の糖尿病専門病院の医師が「もっと散歩をして、体重を減らそうと呼びかけたり」。スポーツを奨励し、商店や公民館に体重計を置き、減量コンテストまで行なっている。第一回コンテストでは、九ヵ月間に二十五キロのダイエットに成功した女性が優勝し、商品の海外旅行券を獲得した。この国を挙げてのダイエット作戦のお手本となっているのは、「最も太った王様」としてギネスブックにも載った国王ツポウ四世である。ツポウ四世は、一九七六年には、身長百八十八センチ、体重二百一キロもあったが、一九九五年までに百三十六キロにまで減量した。この王様につづけというので、国民たちもダイエットにはげんでいる。かつては、トンガでは、太っているほうが好ましいとされていたが、そんな美的感覚も、若者のあいだではすっかりカゲをひそめたという。

アメリカの「東海岸」は手強

アメリカの「東海岸」は手強い。世界中から観光客やこの街で暮らしたいという人々が集まるニューヨークやアメリカきっての文化・芸術都市ボストン、政治、行政の中心地ワシントンDC、そして東海岸きっての建国の歴史を持つフィラデルフィア……と保守的でエリートが集まる街が揃っているからだ。歴史の浅い西海岸では、新しい人々を受け入れる大らかさが残っているがアメリカで最も古い歴史と伝統を持つ東海岸では、既に安定した生活や文化が出来上がっている。まず、それをしっかり学ばないと単なる観光だけで行っては、アメリカ東海岸の本当の面白さは分からない。だから、東海岸を訪れるキーワードはこの地域の歴史や伝統、そして現在の生活のあり方を「学ぶ」ということである。日本人が頭に思い描いている「アメリカ」は、地域的に西海岸、あるいはニューヨークのマンハッタンという具合に極めて偏っている。地理的に見ても東海岸は、日本から最も遠いアメリカだが、文化的にも伝糸充的にも、そして風土的に見ても、やはり一番遠い。だからこそ、その本当の姿を見聞きし、学ぶことが大切だろう。そして、学ぶべき「価値」も「方法」も沢山あるところだ。

「おしん」の生まれ故郷

「おしん」の生まれ故郷は、この山形県である。山間の寒村、最上川の急流下り、酒田の町での辛い生活といったものが画面で紹介されると、なかなか前向きなイメージにならないが、実際の山形県は厳しい気候ではあるが、大地の豊かさもまた感じさせるところである。県民性も勤勉で誠実だが暗いというわけではなく、むしろ、おせっかいなくらいといわれるのは古来から関西との交流が盛んだったことも原因の一つか。力強い土の臭いを感じさせてくれる芸術家を多く出しているが、歌人の斎藤茂吉、写真家の土門拳、脚本家の井上ひさしあたりが代表格である。山形県は旧出羽国の南半分である。庄内地方はもともと越後国に属していたが、奈良時代のはじめの和銅年間に出羽国として独立し、陸奥国から最上、置賜両郡の割譲を受けた。その後、大和朝廷の支配が北進するに従って秋田方面へ領域が拡大していった。